大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和40年(ヨ)459号 決定 1965年10月06日

申請人 杉原清次

被申請人 新横浜タクシー企業組合

主文

一、被申請人は、申請人が被申請人の営む事業において一般乗用旅客自動車運転の業務に従事することを妨害する一切の行為をしてはならない。

二、被申請人は、申請人に対し昭和四〇年六月二七日以降本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り一カ月金五四、〇〇〇円の割合による金員を仮りに支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

申請代理人は主文第二項同旨ならびに、被申請人は申請人が被申請人の事務に従事することを妨害する一切の行為をしてはならないとの裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一、被申請人は、昭和三五年六月一〇日、道路運送法に基づいて一般乗用旅客自動車運送事業免許を、中小企業等協同組合法(以下本法という)に基づいて企業組合設立許可を、それぞれ所轄行政庁より受け、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業、以下本件事業という)を営むことを目的として設立された企業組合であること、申請人は被申請組合の組合員であり設立以来組合事業に従事し、本件係争にいたる直前は自動車運転の業務を担当していたものであること、被申請組合は、昭和四〇年六月二七日被申請組合営業所内に「申請人を就業規則二六条により昭和四〇年六月二七日停年退職とす」との文書を掲示し、同日以降申請人が組合事業に従事することを拒否していること、被申請組合の前記就業規則二六条には「従業員の停年は満六〇才とする」旨規定され、申請人が当時満六〇才に達したことは当事者間に争いがない。

二、そこで右就業規則の定める停年退職規定の申請人に対する適用の有無に関する判断の前提として、申請人の組合事業従事権の性質および発生根拠につき検討する。

各協同組合法による協同組合は、いずれも小規模事業者、勤労者等の経済的弱者の社会的経済的地位をその組織化により向上させることを目的とする制度であり、協同組合制度の目的は組合事業を組合員に利用させることによつてのみ達成できるものであるから(裏からいえば組合員が協同組合に加入する直接の目的は、組合の事業を利用すること((漁業協同組合法における漁業生産組合および本法における企業組合においては組合事業に従事すること))であるから)、組合員は組合員たる資格において、組合に対しその事業を利用する権利を有する。

右組合事業利用権は、講学上、経済的利益を直接享受することを内容とする自益権の一であり、組合は正当な理由がないのに組合員が組合の事業を利用することを拒むことはできない。このことは組合員が組合の事業を利用しないことにつき全く自由ではないこと(農業協同組合法二二条二項一号、水産業協同組合法二七条二項一号等、消費生活協同組合法二〇条二項一号、本法一九条二項一号)によつても裏付けられる。

これを企業組合についてみるなら、企業組合は漁業協同組合法上の漁業生産組合と同様、他の協同組合のように組合員の事業の助成を目的とするものではなく、組合員の労務によつて独自の事業を行うそれ自体一個の企業体であつて、経済学上いわゆる生産組合であるけれども、生産組合とは、所有と経営と労働の一致をその理想とするものであつて、この理想を徹底すれば、すべての組合員は組合の事業に常時従事すること、組合の事業に常時従事する者は組合員であることが要求され、従つて組合員は、自益権の一として組合員たる資格において当然に組合の事業に従事する権利を有するものであり、反面組合の事業に従事しない自由はないはずのものである。

このように、組合員の組合事業従事権は企業組合の本質に由来し、組合員固有の自益権であるから、組合の定款をもつてしてもこれを剥奪できないもので、ただ組合としても一個の企業体としてその維持存続をはかる必要があるので正当な理由がある場合に限り権利の行使を制限することができるにすぎないものと解すべく、そうなると、正当な理由がある場合でもこれに一般的な制限をするには組合の最高意思決定機関たる総会ないし総代会の決議をもつてする定款または規約(本法三四条四号)によつて要件を定めなければならないこととなるのは社団の性質上当然である。

もつとも企業組合の生産組合としての前記理想は、現実には実現が困難であるため、および恒常的な事業量を確保して組合の事業経営を円滑にするために、本法は一定限度において組合員以外の者が組合の事業に常時従事することを認める(本法九条の一一の二項)とともに、組合員について常時組合の事業に従事する者とそうでない者との二種の組合員があることを認め(本法九条の一一の一項)ている。

そこで組合員が組合の事業に従事するには組合と組合の事業に常時従事する旨の契約を締結するのが通常であると認められるけれども、かかる契約の締結を組合員が希望すれば、非組合員を雇用する場合とは異なり、組合において締結すると否との完全な自由があるわけでなく、組合員の事業従事権の行使を尊重し、特段の事情なき限りこれを応諾する義務があり、また、この契約を締結した組合員は組合事業に常時従事する義務を負い、この点において非組合員の従業員と同様の労働関係に服することとなる。したがつて、企業組合に従業員の労働関係を律する就業規則が制定されているとすると、組合員であると否とにかかわらず、その従業員はこれに従うべきものであるが、もしその就業規則中に前記組合員の権利を制限するような規定をもつていたとすれば、定款または規約が正当の理由があるとしてこれを許容するのでない限り、その効力を認めるべきでないことはいうまでもない。就業規則はたといそれが全従業員との協議にもとづき制定せられたものであつたとしても、その本質上使用者が一方的に定めるものであつて、企業組合についていえばその業務執行機関がこれを制定するから、組合員固有の権利に影響を及ぼすような定をすることができるわけはないのである。

三、そこで本件についてみるに、疎明によると被申請組合には組合員たると非組合員たるとを問わず組合事業に常時従事する者に関する基本的事項につき、組合と組合事業従事者の代表との協議で定めた就業規則が存在し、申請人は右就業規則に基づき被申請組合との間で組合事業に常時従事する旨の黙示の契約を結んでいること、右就業規則には前記停年退職の規定があることが認められるけれども、前判示のとおり右契約は組合員たる資格により生じる申請人の組合事業従事権にもとづくものであり、申請人と被申請組合との事業従事関係が右就業規則によつて律せられるものとしても、同就業規則中停年退職の規定は右契約を終了させるにとどまらず、組合員の事業従事権をその同意を得ずに制限することとなる関係上、組合員を対象とする限りではその効力を生じないものであること明らかであり、被申請組合において、組合員の事業従事権をこのように制限し、または就業規則でその制限を定めることを許容する定款、規約が存在するとの反対主張がない以上、被申請組合は申請人が従来行つていた自動車運転の業務に従事することを拒むことはできないといわねばならない。

四、次に申請人の組合事業従事による対価請求権について考える。被申請組合と申請人との間に賃金の約定があり、被申請組合が申請人の停年退職を掲示した日以前三カ月間の申請人の平均賃金が五四、〇〇〇円以上であつたこと、被申請組合が前記停年退職の掲示をした以後、申請人の労務の提供を拒み、その限りにおいて申請人の組合事業の従事が一応不能となつたことは当事者間に争いがなく、疎明によると被申請組合は遅くとも毎月一〇日には前月分の賃金の支払を約していたことが認められるので、申請人は右賃金額の割合により昭和四〇年六月二七日以降現在までの賃金支払請求権を有し、右と異る事情のない限り今後毎月一〇日には右同額の賃金請求権を取得しうることになる。

五、よつて本件仮処分の必要につき考えるに、疎明によれば申請人は被申請組合より支払われる賃金により、自己および身体障害者を含む扶養家族三名の生計をたてていたこと、申請人は高齢であり他に就職することも困難であること、被申請組合が今後任意に賃金の支払をなす可能性もないこと、申請人は被申請組合の発起人でもあり設立当初より組合事業に従事していたことが認められるので、申請人が他に資産、収入源を有する等の反対疎明のない本件においては申請人が被申請組合との事業従事関係が終了したものとして取扱われその賃金の支給を受けなくともなお生活に窮せずその他の損害にも耐え得るということはできないからいずれも仮処分の必要性がある。

六、以上の次第で申請人の本件仮処分申請は理由および必要性があるものと認め、保証を立てさせないで申請の趣旨中の一項を主文第一項のように改めたうえ仮処分命令を発すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 森文治 田辺康次 門田多喜子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例